スポーツ7紙記者2018日本ダービー討論会!思いでの名勝負!

日刊スポーツ

スポーツ7紙記者2018日本ダービー討論会!

 

 

”日本ダービー思いでの名勝負を語る”

 

 

討論会参加メンバー

 

スポニチ

細原 邦央

 

サンスポ

川端 亮平

 

デイリー

小林 正明

 

中日スポーツ

山田 数夫

 

 

日刊スポーツ

水島 晴之

 

 

スポーツ報知

西山 智昭

 

 

東スポ

石川 吉行

 

 

司会

岡村 麻純

 

 

司会・岡村

それでは、まずはこれまでのダービー名勝負について。

事前アンケートでは2000年のアグネスフライトを挙げた方が多かったですね。

 

デイリー・小林

人間ドラマがあったレースでした。河内洋、武豊両騎手の兄弟弟子対決は見応えがありました。最後は鼻差の接戦といのも印象に残っているし、河内騎手にとって初制覇。エアシャカールは2着で、武騎手のダービー3連覇はなりませんでした。

 

中日スポーツ・山田

(ハナ差で決着するという)すごく際どいレースでした。45歳だった河内騎手にとって、ラストチャンスかなというところで。ラグビーボールとうい馬で勝てなくて、アグネスフライトでやっと勝てたというドラマがありました。

 

スポニチ・細原

当時ジョッキーだった自分にとって、河内騎手はあこがれの存在でした。両者では乗り方が違うと思いますが、河内騎手のガムシャラで、ちょっと泥くさいようなひと押しが、最後の7センチ差の勝利に導いたと思います。すごく感動しました。

 

東スポ・石川

関西で取材して10年目くらいの時のレースでした。あの名手・河内騎手がゴール前でフラフラになっていた。(ゴール前で)武騎手に「勝たせてくれ」と言ったとか、言わないとか。記者目線では思わないが(ファンとしては)「勝たせてあげてほしい」と思えたダービーでしたね。

 

スポーツ報知・西山

当時僕はまだ学生で、客席で見ていました。ものすごい観客数で1秒もレースを見られなかった。どの馬が勝ったかも分からず、河内コールが起こってはじめて分かりました。“逆ベストレース”という感じで印象に残っています。私の選ぶ名勝負は12年ディープブリランテです。勝った陣営も鼻差2着で負けたフェノーメノ陣営もレース後に涙を流したのが印象的でした。取材した中で最もダービーの重みを感じましたね。

 

 

サンスポ・川端

僕は11年秋から競馬担当になり、初めて取材したダービーがディープブリランテが勝った年でした。西山記者も言われていましたが、大の大人があれだけ泣くなんて、衝撃でした。それに加えて、翌年のキズナが勝ったレース。これを名勝負として挙げました。直線で狭くなりながらもゴール前できっちり差し切った人馬の勝負の強さ、レース後の武豊騎手のヒーローインタビューも含めて「この人はやっぱりすごいんやな」と感動しました。

 

 

 

日刊スポーツ・水島

私がここに呼ばれたというのは、古い話をしろということでしょう。思い出の名馬は75年カブラヤオー、名勝負が71年ヒカルイマイ、最強馬が51年トキノミノル。あえて、懐かしい馬の名前を挙げてみました。28頭立てだった時代、1コーナーを10番以内に回らないと勝てないということがあった。それを破ったのがヒカルイマイ。4コーナーでも24番くらいにいて絶対届かないところから、ものすごい脚で追い込んで勝ったんです。ヒカルイマイが勝った時、僕は小学生で、父親に連れられて競馬場で見ていたんです。28頭ならではのスタートするときの興奮、感動がありますね。だから、僕は今でも28頭派です。

 

 

 

スポーツ報知・西山

ダービー最強馬についてですが、私は15年ドゥラメンテです。ダービーの最強馬はシンプルに選びました。04年キングカメハメハ、05年ディープインパクトのレコードを更新しましたから。

 

 

サンスポ・川端

私もドゥラメンテ。西山記者が言われた通りです。当日取材に行きましたが「おー!強い!」と思いました。

ちょっと異次元でしたね。

 

 

中日スポーツ・山田

私はディープインパクトです。

デビューからひたすら強かったです。

強すぎて物語性もなく、アイドルにもなれなかったくらい。

体は小さいが、とてつもないエンジンを積んでいる。

これはすごい馬が出てきたなと思いました。

後に種馬になっても今こういう形になっていますし、遺伝子から違うという感じでした。

 

スポニチ・細原

種馬という第二の馬生と考えても最強馬はディープインパクト。

世界に誇る血統といえばディープインパクト。

ピッチ走法で回転力が他の馬と全然違いました。

 

 

中日スポーツ・山田

車で言うエンジンだけでなく、サスペンションも違いました。

バランスが良くないとコーナーリングができないが、加速感が他の馬と全然違いました。

厩舎のセッティングがすごかった。

 

デイリー・小林

僕は、94年のナリタブライアン。

次元の違う脚で、とにかくインパクトがありました。

無敗ではなかったことに共感した人が多かったように感じます。

南井克己騎手も好きでした。

 

東スポ・石川

91年トウカイテイオーです。

完成度もあり、競馬上手。

ちょうど僕が競馬記者をはじめた年だったし、立ち姿を見てこれが走る馬なんだとインプットされました。

 

日刊スポーツ・水島

私は、トキノミノルですね。

毎週、トキノミノルの銅像に手を合わせご利益を頂いています。

と言っても、最強がどうかは分らない。

ダービーが10戦目で10勝で生涯を閉じたのですが、このダービー時にはすでに破傷風に冒されていたのです。

それでいて楽勝だったのですから、いまだったら2分22秒台で走ってしまうのではないかと思わせてくれる強さを感じました。

 

スポーツ報知・西山

私は、ワンアンドオンリーです。

馬もそうですが、橋口調教師が印象的でした。

ワンアンドオンリーは弥生賞からダービーという流れできたのですが、その弥生賞で2着だった橋口調教師は「これでダービーが楽しみになってきた」と言ったんです。

弥生賞は、皐月賞のトライアルなのにダービーのことを考えているんだなって。

その橋口調教師がやっとダービーで勝った。

泣いている記者もいました。

そういう雰囲気を見て、ダービーに勝つために生まれてきた馬っているんだなと思わせてくれました。

 

デイリー・小林

ダンスインザダークからなんですね、橋口調教師は。

デビューの時から、これはダービーで勝てますよと言われていました。

報道陣に対して丁寧に取材させてくださる方なので、橋口調教師に勝たせたい。

でも、ダンスインザダークは勝てなかった。

その後も勝てず、定年間近というところでワンアンドオンリーの勝利でした。

同じGⅠでもダービーにかける思いは他と違いましたね。

 

 

スポニチ・細原

坂路にとことんこだわるのが橋口流の調整メニュー。

先駆者というか、覚悟をもってやり続けた結果、ようやくこの馬が応えてくれた。

ワンアンドオンリーという名前もいいですよね。唯一無二。

ダービーを勝つためだけに、この馬は橋口先生の下に生まれたんだなと。

歴史の1ページを作った調教師であり、馬だと思います。

 

デイリー・小林

坂路の話も出ましたが、年上の記者もいるので聞いてみたいことがあります。

僕は92年ミホノブルボンを挙げましたが、今では考えられない短距離血統。

それを戸山調教師がハードトレーニングさせることで制覇に導いた。

僕は、戸山調教師に取材したいと思いこの世界に入ったがかなえられなかった。

本当に坂路だけ鍛えて優勝できるのか。

その当時、取材されていた方に聞きたいと思っていました。

 

東スポ・石川

栗東坂路は重鎮が多くいて、緊張感がハンパなかったです。

確かに、当時500mの坂路だけで勝てるわけないだろうと言われていました。

戸山調教師は馬にスパルタ教育をして、馬によっては3、4本と走らせていた。

血統馬でなくても鍛えて強くする感じの調教をしていた。

 

デイリー・小林

騎手は徹底して小島貞元調教師を起用するなど、人情味がありました。

野球やサッカーもそうだけど、やっぱり人と馬と言うことで他のスポーツとは違うところがあって、その中で絆も生まれたり、人間模様があるなと思っていました。

 

日刊スポーツ・水島

ミホノブルボンは本当にすごい馬でしたよ。

 

 

菊花賞前にライスシャワーが栗東に入り、ミホノブルボンと並んだことがあるんです。

おしりの大きさが倍ぐらい違った。

これはいかにも坂路で鍛えられたなというかんじでした。

そして、私の思いでの名馬はカブラヤオーです。

信じられない大逃げで、直線ヨレながら勝った。

トップジローを競り落とし、逃げ切ったのはすごかったです。

ダービー史上、強い印象に残るレースでした。

 

中日スポーツ・山田

私はダイナガリバー。

当初は東高西低で、そろそろ関西馬に勝たせてほしいなと思っていましたが、先程でたラグビーボールが歯が立たなかった。

関東馬の強さに圧倒されました。

 

東スポ・石川

09年ロジユニヴァースですね。

皐月賞でまさかの惨敗からの復活劇。

直前の大雨も含め奇跡を目の当たりにしたと感じました。

馬券も10万円買っていました。

雨が降ってきて、すべてがこの馬が勝つような状況になっていきました。

おもわず絶叫してしまいました。

1頭1頭の熱があり、勝てないかもと思いながらもなんとかしなければいけないレース。

それがダービーなんだというのを目の前で見せてくれました。